大阪地方裁判所 昭和42年(ワ)124号 判決 1969年3月18日
破産者大東物産株式会社破産管財人
原告 清木尚芳
右訴訟代理人弁護士 山崎忠志
被告 木村清司
<ほか一名>
右被告両名訴訟代理人弁護士 藤上清
主文
原告の請求を棄却する。
訴訟費用は原告の負担とする。
事実
原告訴訟代理人は「被告両名は原告に対し各自金一五〇万円を支払うと同時に、被告木村は昭和四二年二月二日以降被告加藤は昭和四二年一月三〇日以降各右金員支払ずみに至るまで、それぞれ右金員に対する年五分の割合の金員を支払え。訴訟費用は被告等の負担とする。」との判決並びに仮執行の宣言を求め、請求原因を次のとおり述べた。≪以下事実省略≫
理由
一、破産者大東物産株式会社(以下破産会社という)が昭和四一年四月九日大阪地方裁判所において破産宣告を受け、原告が右破産会社の破産管財人であること、破産会社は昭和三八年九月一一日研磨材料等の製造加工を目的として設立され、被告加藤が右設立と同時に右会社の代表取締役に就任したこと、被告木村は被告加藤より破産会社の対内的対外的な一切の業務執行権限の委任を受け事実上右会社の経営を行っていたこと、破産会社が設立されたのは、それより先被告木村が研磨材料等の製造販売を目的とする訴外大東研磨材株式会社(以下訴外会社という)の代表取締役として右会社の経営を行っていたところ、昭和三八年八月銀行取引停止処分を受け右会社が同年一〇月一五日解散の止むなきに至ったので右訴外会社の事業を承継させる目的でなされたものであること、昭和三八年九月二七日には破産会立が訴外会社より、機械、什器、車両、保証金、商品、暖簾等一切を含めて営業全部の譲渡を受け右のうち暖簾一五〇万円と評価されていたこと、以上の各事実はいずれも当事者間に争いがない。
二、そこで被告木村の故意又は過失行為被告加藤の任務懈怠の事実の存否を明らかにする。
≪証拠省略≫を総合すると、破産会社が訴外会社に対し営業権(暖簾)譲受代金名下に昭和三八年一〇月四日八〇万円、同月九日七〇万円をそれぞれ支払った事実が認められ、右認定を覆すに足りる証拠はない。
原告は、まず、被告両名が商法第二四五条、三四三条所定の株主総会決議を経ず無効の営業譲受契約に基づき右一五〇万円を支出し、破産会社に対し同額の損害を与えた旨主張するので右事実の有無につき考えるに、本件全証拠によるも破産会社の株主総会が招集され、その席上訴外会社からの営業譲受けの特別決議の為されたとの事実を認めることはできないが、被告木村清司本人尋問の結果によると、被告木村は破産会社並びに訴外会社の唯一の出資者であって、破産会社の設立に際し発行された全株式およびその後発行された株式の全部をいずれも単独で所有し、破産会社の木村以外の株主はいずれも他人より名義のみを借用したに過ぎないこと、破産会社の経営には木村が当り、日常の営業活動一切を行っていたこと、本件営業譲受も木村の決定に基づき行われたものであることが認められ、以上の認定を動かすに足りる証拠はない。そうすると、破産会社は実質上被告木村のいわゆる一人会社であって、本件営業譲受契約に関する株主総会の特別決議は、実質上右木村一人の意思決定をもってこれに代置し得るものと解するのが妥当である。そうすると、本件営業譲渡契約は有効であり、被告両名が前記株主総会決議を経ず本件営業譲受契約を為したことのみをもって、被告木村の過失並びに被告加藤の任務懈怠の根拠と為すことはできない。
そこで、次に破産会社の譲受けた暖簾の評価が著しく過大失当であって殆ど無価値に等しいものを一五〇万円と評価したものであるとの原告主張の当否を検討する。暖簾とは一般に得意先仕入先の関係、営業上の経験秘訣、経営の組織等財産的価値ある事実関係を包括するものであるところ、≪証拠省略≫によれば、被告木村は昭和一四年以来研磨材料の販売業を営み、得意先を拡張しつつ営業を継続し、昭和三二年頃これを会社組織に改め訴外会社を設立したこと、訴外会社は昭和三八年八月銀行取引停止処分を受けたものの当時一応は黒字経営であり債務超過の状態にはなかったこと、右銀行取引停止処分を受けるに至った理由は、破産会社が融通手形を交換し合っていた相手方が約束に反して支払を為さず、不渡の危険が生じたので、支払銀行に保証金を預託し、異議申立提供金を提供させていたところ、一時の資金に窮し止むを得ず右保証金の返還を受けて不渡処分を受けたものであること、昭和三八年八月当時訴外会社の得意先は一〇〇ないし一五〇軒にのぼっており、右得意先の取引額の多いところで一ヶ月当り五〇ないし六〇万円少ないところで一万円前後であったこと、破産会社は右訴外会社が銀行取引停止処分を受けた後主として同会社の得意先を承継する目的で設立され、実際に同会社の得意先関係を主とした暖簾を承継して営業を開始したこと、右承継時における訴外会社の暖簾の価額は、被告木村が経理士に評価させたところ、一五〇万円を相当とするとの回答を得たこと、破産会社は営業譲受より約二年七ヶ月後の昭和四一年四月九日破産宣告を受けるに至ったが、その原因は高金利負担等放漫な経営が行われたこと、営業形態の転換にせまられ販路開拓に多額の運動費を支出し利益が減少したことにあることが認められ、右認定を覆すに足りる証拠はない。
そうすると、破産会社の譲受けた暖簾は得意先との関係を見ても全くの無価値ではなくある程度の取引価値を有していたものと言わねばならず、訴外会社が単に銀行取引停止処分を受けたとの一事をもって右会社の暖簾を全くの無価値と考えることはできず、しかも原告において客観的に相当なるべき具体的評価額につき他に何等の立証もするところがない。そうすると被告が本件営業譲受契約を為した際、訴外会社の暖簾を一五〇万円と評価計上したのも全く理由が無い訳ではなく、前記本件営業譲渡契約が無効ではないことをも考え合わせると右暖簾代金の計上支出を以て直ちに被告木村の過失あるいは被告加藤の任務懈怠の根拠と為すことはできない。
他に被告木村の故意又は過失行為、委任契約上の義務不履行の事実、被告加藤の任務懈怠の事実を認めるに足りる証拠はない。
三、そうすると、その余を判断するまでもなく原告の被告等に対する本訴請求は理由がないから失当としていずれも棄却することとし、訴訟費用の負担につき民事訴訟法第八九条を適用して主文のとおり判決する。
(裁判長裁判官 日野達蔵 裁判官 露木靖郎 北野俊光)